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老夫婦と魔法使い
by yuki_mit | 2008-02-21 00:55 | 書き物
前略



あるところにおじいさんがいました。
おじいさんはとても体が不自由でした。
来る日も来る日も体の節々がひどく痛む為、
いつの頃からかおじいさんは常日頃から若返りたいと
強く切望するようになっていました。

そんなある日おじいさんの前に魔法使いを名乗る
人物が現れました。
魔法使いを名乗る人物の声はとても不思議なもので
男性のようにも女性のようにも感じられ、
また老人のようにも子供のようにも感じられました。
帽子を目深に被り、服装も足先まであるコートを
羽織っており、外見や声では全く年齢も性別も分らない人物でした。
その人物はおじいさんに1つの提案をしてきました。
その提案とは魔法で魂と引き換えに若返らせてあげよう
というものでした。
おじいさんはそんな事できる筈がないとは思うものの
ダメモトでその提案を受け入れる事にしました。
勿論魂を引き換えにするという事ができる筈がないとも
思っていたのでした。

魔法使いを名乗る人物は去り際に耳元でこう囁きました。
「強く願いなさい。さすれば願いは叶えられる事でしょう。」
おじいさんは強く願いました。

それから30年、40年と経ちました。
あれ以降魔法使いを名乗る人物は2度とおじいさんの前に
姿を見せる事はありませんでした。
おじいさんは魔法使いを名乗る人物の言う事など
元から信じてはいなかったものの、信じ難い事に
時を経るごとに体の節々の痛みは和らぎ、
体に瑞々しさが徐々に戻りつつあるのを実感していました。
不思議な事に体は若返ってはいるものの今までの経験や
知識は色褪せる事無く、逆に脳の活性化と共により鋭敏さが
増しているのを感じていました。

その若返りという現象が世間一般では非常識な事ぐらい
分っていたので、おじいさんはいつの頃からか
素性を偽って生活をするようになっていました。

それからまた20年、30年と経ちました。
最初は若返った事を素直に喜んでいたおじいさんも
どんどん若返ってゆく自分の肉体に対し
次第に不安を抱くようになりました。
このまま若返り続けたらどうなるのだろう?
そしてふと魔法使いと名乗る人物のあの時の言葉を思い出します。
「魂と引き換えに若返らせてあげよう」
魂と引き換えとは一体どういう事なのか?
おじいさんの肉体は既に10代の肉体と同等にまで
若返っていました。
このまま若返り続けたら素性を偽り続ける事も困難になります。
いつしかおじいさんは若返った事への喜びなどすっかり忘れ
不安な毎日を過ごすようになりました。

おじいさんはやがて魔法使いを名乗ったあの人物を求め
来る日も来る日もあちこちと探し続けるようになりました。
その間にもおじいさんの体は若返り続け、とうとう小学生程度まで
若返ってしまいました。

おじいさんは今までの事を振り返りました。
素性を偽り何かから逃げるように過ごした日々の事。
若返り続けている事を知られるのを恐れる余り
友達を作る事ができずずっと1人で過ごし続けた日々の事。
そして体の痛みというハンデはあったものの
若返りが始まるまでの長い年月を共に過ごし、
自分にとってこの世で一番の理解者であった妻の事。
おじいさんはいつの間にか昔に戻りたいと強く願うように
なっていたのでした。

するとあの不思議な声がどこからともなく聞こえてきたのでした。
ふと上を見上げると空が異様に明るくその不思議な声は
どうやらその空の方から聞こえるようでした。
最初は聞き取れない程の声でしたが、目を閉じ耳を澄ませていると
徐々にはっきりと聞こえるようになりました。
おじいさんはハッと何かに気付いたようでした。
(この声、この声はっ!!)

ふと目を開けるとおばあさんの顔が間近にありました。
皺くちゃな顔に垂れ目がちで優しそうな目、
いつも笑みを浮かべているかのような口元、
あの若返る前の時の妻でした。
「あなた、あなた、もうお昼ですよ」
おじいさんはきょとんとして暫く辺りを見回していました。
そして自分の手を眺め、ふっと思い出したように
体の節々の痛みに顔を歪め、そしてようやく気付きました。
あの頃に戻ってる、と。

「どうしたんです?不思議そうな顔をして」
おばあさんは微笑みながら話し掛けてきました。
「夢を見ていたようだ。魔法使いが出てくる夢でな、はははっ」
おじいさんは笑いながら答えるのでした。
「ふふふ、その魔法使いさんに
 ”魂と引き換えに若返らせよう”
とでも言われたのですか?」
「何故それを!?」
「うふふ」
おばあさんはただ笑うだけでした。
おじいさんはそれを見て一瞬顔を顰めましたが
直ぐに観念したような表情を浮かべ、
やがてその表情は穏やかなものに変わっていきました。
「やれやれ、お前には適わないな」
おじいさんは満足そうにそう言うのでした。
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